「イロ」ではなく「シキ」です。普通の「色イロ」はテトゥン語ではKORです。ここでは、観自在菩薩さまが照見された五つの内部構成要素「五蘊」のうちの一つの「色」。この文字がいろいろ誤解を招いてしまうようですけれど、まあワタシも誤解していましたけれど、色即是空の意味がぜんぜん違ってきてしまいますから注意が必要です。
ワタシも富士山が世界遺産になってよかったなあ、とごく普通によろこんでいる日本人です。ここ栃木からも条件がよいと富士山の遠景をのぞむことができて、うれしくなるというか得をした気分になるというかなにかいいことが起きそうな予感すら感じてしまいます。これが富士山の不思議なところですよね。
でも山登りはする気になれない。学生のときに体育のキャンプ実習というのがあって、ちょっとした登山をしたことがありますが、もともと標高900メートルくらいの山の中で生まれ育ったこともあり、なんでこんなしんどい思いしてわざわざ登らなきゃならないのかと歩いている間中ずーっと疑問を感じていて、その楽しさや爽快さを実感できないままこの年になってしまいました。富士山も登ろうとは思わないですね。遠くから愛でるに最適な山だと思いますね。
まあ、どうでもいいですけれど。
ということで、般若心経つづき。
舎利さんに向かって観自在さんが説いたことはまず、
「色不異空、空不異色」
ということ、つまりこの世に形として存在する物質はすべて無にほかならず、無は形にほかならない、という非常に意味深なというかほとんど意味不明な箴言です。般若心経の神髄ですね。
テトゥン語
BUAT IDA SASAN NO BUAT IDA MAMUK NE'EBE LA SELUK.
BUAT RUMA MAMUK NO BUAT RUMA SASAN NE'EBE LA SELUK.
単語
BUAT 「何か、あるもの」英語でいうところのsomethingですかね。英語嫌い。
IDA 「一つの」
SASAN 「存在する」あるいは「存在」
MAMUK 「空っぽの、空虚な」
SELUK 「異なった」「他の」
写真の中身はチョコレートです。中身はまだありますけれど、これも般若的には空です。
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