BA LUTU MAK HAFOER-AN ONA 「汚れっちまつた悲しみに」
昨年11月の下旬に訪ねた、あの「座頭ころばし」です。新緑がまぶしい。このような遠景は、目にやさしいし冬枯れの景色よりもややソフトに、そう、こんな自分でも受け止めてくれそうなそんな色合い、あえていうならば仏語でいうところの「とんどれっす」が具現化したような、早いはなしがとても気持ちがよかった。
ワタシの故郷はこのようなところで、牧歌然として文字通り牧場なのであるけれど、おりしも震災と原発事故の影響を実際には非常につよく受けています。
ワタシの母校は、先月の記事にも写真をお見せしたような暗黒の思い出に満ちたものなのですけれど、今でも子どもたちが通っていて学校は学校のままなのであります。
その校舎の裏手にある林の大きな木の梢から、非常に高線量の放射性物質が検出されているとのことで、もちろん校庭や子どもが遊びまわる原っぱ(このあたりにはまだふんだんにあるのですが)も、当然除染が必要な状況であるところです。
除染をする場合、とりのぞいた汚染物質を処理するまで、それらを保管しておく場所が必要であるのはあたりまえの話ですが、その「仮置き場」が確保できないために除染がすすまない、というのは、おそらくどこの自治体でも共通する悩みで、その土地を、土地を生活の糧にしている酪農家が提供しなければならないのですよ。
ワタシの実家の牧草畑も、ちかくその仮置き場として新たな機能を果たすことになります。もちろん大切なことですし、少しでもこのクレイジーともいえる国難の状況を前にすすめるためには必要といいますか必然といいますか、その決断には敬意を表します。
それでもやりきれない、と感じるのは、自分の故郷だからというだけではないでしょう。
あんなにいやだったあんなにきらいだったあんなにここから出ていきたいと思い続けていた、
こんなにきれいなふるさとが、
こんなにきれいなのに、
何かえたいのしれないもので汚れてしまっているのだな、と思うと
やっぱりやりきれない気持ちになりまする。
誰を恨むではないけれどね。
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